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野良猫たちに出会って […Others]

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今年2月に野良猫の写真を撮り始めて、このブログをスタートしましたが
もうずっと以前から公園の野良猫たちを見て来た気持になります。
出会いと別れ、そして彼らの生きる姿から色々な事を学んだ様に思います。
野良猫の写真なんて本当は可哀想な姿…と、少し悩んだりもしました。
それでも、アスファルトの上で今日を懸命に生きている猫たちの健気さを
表現できればと、今まで写真を撮り続けて来ました。
 
野良猫の写真を撮り続ける程に、色々な思いが生まれるのかもしれません。
単純に、可愛い猫の写真を撮って自慢したいと言う気持で始めたブログですが
一年足らずの間に、野良猫たちの現実を思い知る結果になりました。
たかがブログの写真に深く考える必要なんてないのかもしれません。それでも
可愛いだけでいいのか?と言う思いは心の奥底に必ず残るのだと思います。
今はこれまで公開して来た写真が、厳しい現実の中で野良猫たちが生きた証と
して何かのメッセージになれば…と思うばかりです。

野良猫たちにとって厳しい季節。出会った猫たちが、どこかの日溜まりの下で、
誰か優しい人間の側で、春を迎えている事を祈って。
 
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野良猫たちの明日が幸運でありますように。

 
Bono

 

タグ: 写真 野良猫
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野良猫の居場所 […Others]

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久しぶりに野良猫のいる公園に行ってみたら、こんな看板が置かれていた。
 
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…やはり一般的に考えればそうなるのであろう。
この公園の野良猫に餌を与えに来る人間が何人もいる事は分かっていたし、実際、
自分もそういう人達と一緒に野良猫を撫でたりもしていた。
おそらく自分を含め、この公園に猫を可愛がるためにやって来る人のほとんどは、
野良猫たちが様々な理由で姿を消して行く現実を目の当たりにはしていない。
公園を管理する町役場の人間は少なからず、その理由を実感しているのだろう。
看板の内容はまったくその通りだし、反論はできない。
 
以前にも自分の記事で書いたが(サイドバー参照)野良猫は野良と言っても野生の
動物ではない。飼猫同様、誰かのペットとしてしか存在できないのである。
つまりこの公園で言えば、不特定多数の人間が公園で勝手に猫を飼っているという
事になる。しかし、誰も自分が「飼主」だと言う認識は持っていない。
その結果、曖昧な飼主によって野良猫は生き長らえ、そして無責任な飼主によって
行き場の無くなった野良猫たちが次々と処分される。
 
地域ぐるみで野良猫を管理する「地域猫」という方法も存在するが、それにも限界
がある。全国で野良猫が産み続ける子猫の数は膨大で、それを捨てに来る人間が後
を絶たないからだ。すべてを「地域猫」として存在させるには、地域住民との理解
や費用の面からも難しいと言うのが本音だろう。
生まれてくる野良猫に最後まで生きるチャンスを与えるのが道理ではある。しかし
それが野良猫に無闇に餌を与えて良いと言う理由にはならない。
現実に救えない猫が増え続ける以上、今はそれを抑制するしかないのだ。
 
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この日は「ヤンキー」な猫に会えた。相変わらずカメラを向けるとモデルポーズ。
 
少し前の記事で、いつもコヤツから片時も離れずにいた子猫の姿がなかった。
成長して独り立ちしたのか、誰かに貰われて行ったのか、それとも…
あまり悪い方には考えたくないのだが、これまで、このブログで写真を公開して来た
野良猫のうち、姿を見せなくなった猫の数も少なくない。現実的に考えて、人間に
貰われて行く可能性はごく僅かだ…。

看板にある「野良猫のまま一生を送るかわいそうな猫」とは、正確には「一生を送る」
ではなく、理不尽に「一生を終える」猫にほかならない。
自分のブログの写真の様に、和やかな野良猫の姿ばかりが当然に思えてしまうのだが、
その影にある現実を、決して忘れてはならないのだと思う。

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猫のいる公園 […Others]

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「いつでも俺たちのシマに遊びに来な。弁当持って…」


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視線の先には何がある? […Others]

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猫は時々何だか遠くの方をじっと見つめていたりするのだが、これは
何かを「見ている」と言うよりは「耳をすましている」と言った方が
良いかもしれない。
猫の聴力は非常に発達していて、猫が聞き取れる周波数(高周波)は
約60,000Hzあると言われる。
これは人間(20,000Hz)、犬(40,000Hz)と比べてもダントツ。
聴覚で獲物や他の猫などのいる方向や距離まで分かるらしい。
よく民家などで猫がなぜか天井をじっと見つめていた…なんて話を
聞くが、それは鼠の鳴き声(高周波)などを聴いているそうだ。
つまり、猫が見つめる先には、人間には分かりづらくても「何か」が
存在している可能性が高いのである。
たまには猫の好奇心に付き合ってみるのも楽しいかもしれない。
 
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「おい、おまえ!何見てやがる!」

ひ〜!/( ̄ω ̄|||)\これは好奇心ちゃう…ww

タグ:写真 野良猫
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野良の試練 […Others]

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自由気ままな野良生活…
 
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いつも、陽気でゆるゆるな性格のクロスケ。
 
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…しかし、この日は、ちと目が怖いっす。(^ ^;)
 
クロスケの目を見ると、「瞬膜」が少し出たままの状態になっている。
(目の内側の少し赤い部分)
瞬膜とは、目を閉じた時に、まぶたとは別に、眼球を左右から覆う膜の事。
「第3眼瞼」とも呼ばれる。これは猫だけではなく、動物全般にあるもの。
猫はすごく眠い時や、寝ぼけた状態の時に、写真の様に瞬膜が出たままの
事がしばしばあるのだが、普通、時間が経てば引っ込むので問題はない。
しかし完全に目覚めているにも関わらず、瞬膜がいつまでも戻らないと言う
場合は、目の病気やケガ、もしくは何らかの病気やストレスによる体調不良
のサインともとれるのだ。
 
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草をむしゃむしゃ食べるクロスケ。
体調を整えているのだろうか?
ただ、見たところ体が弱っている感じはないので、それほど心配はなさそうだが…。


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今までたくさんの野良猫を見て来たが、やはり病気やケガをしている猫は多い。
室内で飼われている猫に比べ、健康面のリスクが遥かに高いのは仕方がない。
暑さ寒さも、異常気象も酸性雨も、凌げる場所がなければ直接肌を突き刺す。
そんな過酷な環境を懸命に生き抜きながら、いつも他の猫に陽気におどけて
見せる?クロスケが、なんだかとても健気なヤツに思えてならない…。

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野良猫にエサを与える事 […Others]

昨年全国で一年間に保健所で殺処分された野良猫の数は約30万匹。
その他にも交通事故や病気で命を落とす野良猫も、相当な数だろう。
我々人間が野良猫を可愛がるという行為の影に、毎年これだけ多くの
猫の命が人間の手によって奪われているのである。
 
保健所に持ち込まれる猫のうち、約8割は子猫。つまり、殺処分され
る野良猫のほとんどは子猫というのが現状。
持ち込まれる子猫の状態を見ても、極度の栄養失調や寄生虫などによ
る病気で、目も当てられないほど衰弱している子猫が数多く見られる
と言う。
では、そんな子猫たちは一体どこからやって来るのか?
…もちろん野良猫の親元からである。(あたりまえだが…)
その親猫が、不幸になるべくして生まれてくる子猫を、たくさん産み
続ける環境。それを助長しているのは人間達である事をまず認識しな
ければならない。
 
雌猫は年間2〜3回出産して、一度に5匹前後の子供を産む。
近くの公園に現れる数匹の野良猫にエサを与え続けていたら、一年で
数十匹になってしまった!…なんて、当たり前の話である。
結局、そうして手に負えなくなった子猫達が、保健所に持ち込まれる
ケースが非常に多いのである。
正直、野良猫に衝動的にエサを与えたくなる気持ちは、多くの人にあ
るだろう。ただ、問題なのは、野良猫に「エサを与える」事に対して
「責任」を持てるかどうかと言う事。
野良猫にエサを与えた時点で、それは「飼い猫」と同じである。
当然エサを与えている人は「飼主」として、その猫の命に対して、す
べての責任を負わなければならない。
気の向いた時だけエサを与えるなんて無責任。猫はいつまでもエサを
待ち続ける。そうして餓死する子猫だっているのだ。
 
最近は、地域住民で野良猫を管理する(餌やりやしつけ、去勢・避妊
手術を行う)いわゆる「地域猫」と呼ばれる猫のあり方も見られる。
そう言った地域活動なしに、ただ単に「可哀想だから…」と、餌を与
え続けるだけの行為は、そこから更に可哀想な猫が生まれ、連鎖的に
その数を増やし、より悲惨な結果を招く事を理解しなければならない。

野良猫は野良と言っても野生の動物ではない。野外で暮らしていても、
家猫同様、誰かのペットとしてしか存在できないのだ。
だから飼主でもない(なる気もない)のに、無闇やたらと野良猫に餌
を与えてはいけない。
それは、これ以上、可哀想な野良猫(飼主がいない→殺処分される猫)
を増やさないための最低限のルールである。
 
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